もう一度、プロ野球選手になる。/新庄剛志

野球

先日“わいたこら。人生を超ポジティブに生きる僕の方法”を読み、新庄さんがいかに物事をポジティブに考え行動に移しているかについて書いてきました。その後、当時47歳になる新庄さんがもう一度プロ野球選手になると宣言をし、その時の経緯や夢を語った書籍“もう一度、プロ野球選手になる。”を今回読んでみました。

1972年、福岡県で生まれる
1990年、阪神タイガースにドラフト5位で入団
1993年、球団歴代歳少年の先発4番として出場。B9、GG賞受賞
2001年、ニューヨークメッツに移籍し日本人野手として初登録。開幕デビュー戦でHRを放ち、NYの人気者に
2002年、サンフランシスコジャイアンツに移籍。日本人初ワールドシリーズ出場
2003年、メッツに復帰もオフに戦力外通告
2004年、北海道日本ハムファイターズに入団
2006年、日本一に導き引退
2010年、バリ島へ移住。ほぼ同時期に詐欺に合う
2018年、“わいたこら”出版
2020年6月、“もう一度プロ野球選手になる。”出版
2020年12月、現役復帰を目指すためトライアウトに参加も、声がかからず断念
2021年10月、北海道日本ハムファイターズ監督就任

現役を引退しバリ島での生活を始め、エアブラシアートやモトクロスなど野球とかけ離れた生活を送っていました。日本を離れ自分の好きなことを過ごした13年間を経て、「またファンと夢を追いかけたい。」きっかけはインスタでの交流でした。新庄さんのプレーを見たいと盛り上がっていたところ、あるメッセージが目にとまりました。

“新庄さんは、プロ野球選手になると決めてください”

翌朝、こう発信しました。

みんな、夢はあるかい?
1%の可能性があれば、必ずできる。
今日からトレーニングを始めて、
もう一回、プロ野球選手になろうと思います。
みんなも、なにか挑戦しようぜ!

新庄剛志(@shinjo.freedom)

そうして新庄さんのチャレンジが始まります。

夢を叶えること

  • 夢は困難なほどおもしろい——。
  • 夢を叶えるために、絶対必要なものが3つある。「勘」と「経験」、そして「度胸」だ。
  • 「失敗したら」は考えない

夢をもって生きている人は多くいると思います。しかし、それを叶えるためには色々な障害が存在しているのも事実で、行動する前にいつの間にか頭の片隅にその夢が追いやられてしまう人も多いのではないのでしょうか。
簡単に夢を叶えることは一つの実績として素晴らしいものがあると思います。一方で、どう考えても無理なことに挑戦し、それが達成できたときの高揚感は何にも変えられないものがあると思います。

そのためにまず何をするか…口に出す度胸が大切でそうすることで最初の一歩を踏み出せると考えています。
その一歩を踏み出したら、あとは突き進むだけです。その道中には困難にぶち当たることは多々ありますが、それを楽しむこと。そして、失敗を考えずに前を向いていくこと「できる、できる」と考えることが夢を叶えるためのマインドと謳っています。

ファンと共に

  • 頭の中は「ファンを喜ばせること」だけ
  • ぼくが有終の美を飾れることができたのはファンの力を最大限借りることができたから
  • 「ファンのおかげで優勝できました」というのは心からの言葉

現役時代からファンサービスを行い、ファンを喜ばせてくれました。新庄さんからしたら、ファンがいるから力を発揮できると考えています。
ファイターズ時代、実力はあるけれども発揮できていない選手たちをどうやったら最大のパフォーマンスを引き出せるかを考えた時、やはりファンの力が必要でした。様々なパフォーマンスを行い、ファンを魅了、札幌ドームを満員にすることができ、個々の選手たちが能力を発揮し結果としてリーグ優勝、日本一に導いてくれました。

そして今、新庄さんが監督になり生まれたスローガン

“ファンは宝物”

これを胸にファイターズは突き進んでいきます!

最後に

その後2020年11月トライアウトを受けヒットを打ちながらも、残念ながらプロ野球選手になるという夢は果たせませんでした。

しかしここで終わる新庄さんではありません。著書の第4章に“SHINJO ドリームチーム構想”について書されています。メディアですでに発言されている内容や、まだ聞かされていないパフォーマンスも書かれており、ワクワクする内容になっていました。
もしかすると、この時点ですでに監督になるというプランが頭にあったのかもしれません。
開幕まで1週間を切り、新庄BIGBOSSの舵取りの元、選手、そしてファンが船に乗り出航します!共に戦い、楽しいシーズンにしていきましょう!!

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